今朝の新聞を見て本当に驚いた。
ビッグニュースが2つ載っていたからだ。

昨日の夕方、旦那から「さっき接骨院で国会中継聴いてたら、勢いで解散発言出ちゃったよ。忙しい時期に選挙なんて馬鹿かよ」と怒り心頭で電話が掛かってきた。
野田首相が思わず言ってしまった衆院解散のことだ。
明日の一面も朝のワイドショーも、トップは解散の話でもちきりだろうと思った。

ところが、衆院解散よりも世間の人達が驚いたであろう記事が一面にあった。
大女優森光子さんの訃報だった。
ワイドショーでは、衆院解散よりも大きく取り上げられている内容だった。

ここ数年表舞台には出ていなかった森さんだが、最後の最後まで生き様を見せてくれたように思う。
こういう言い方は失礼かもしれないが、不死身のようにも思っていた。
80歳後半という年齢で前転をしていたのがとても印象的で、私はここまで元気に生きられるのだろうかと思ったものだ。

今のお年寄りは長生きの方も多い。
90歳過ぎても元気にしていらっしゃる方は非常に多いのだ。
笑顔で過ごしているかのように思えるが、この年代の方々はあるものを乗り越えてきた。
戦争という悲しい過去である。
望んでもいないのに大切な人を奪われた、あの忌まわしい過去だ。
森さんも戦争を乗り越えて大女優になった1人である。
だからなのか?いつも輝いているように見えた。

92歳という年齢だから、老衰でお亡くなりになられたのかと思っていた。
死因は肺炎による心不全とのことだった。
私が勝手に不死身だと思っていた彼女は、肺炎に負けてしまった。
高齢者の風邪や肺炎は命取りになることが多い。
そんなものに負けてしまったのかと思ったら、なんだか悔しくなってしまった。

森さんの訃報を見て、ふと母方の祖母と従兄のことを思った。
祖母は来年の1月で23回忌を迎える。
そして、同じ年に亡くなった従兄も23回忌を迎えるのだ。
月日が経つのは非常に早い。

私は意識が朦朧としている祖母が、「早くお爺ちゃんのところに戻って」と家で1人待つ体の不自由な祖父のことを思って母を帰そうとしたことを強く覚えている。
死期が近付いているのにもかかわらず、最後の最後まで祖父のことを想っている愛情深い人だった。

身近に素晴らしい生き様を見せてくれた人がいて、森さんのように表舞台で生き様を見せてくれる人がいる。
私は恵まれているのだろうか?
なんとなく生きている今の自分が、未熟であることを思い知らされる。
誰が相手でもいい。
私も生き様を見せられるような人になろうではないか。
その為に、どうしても叶えなければならないことがある。
明日からと言わず、少しずつ準備をしていこうと誓った。