存在感が薄い。影が薄い。
私は数年前まで、それがどういう人のことを言うのかまったくわかりませんでした。
たとえばひとつの空間に複数の人がいた場合でも、確実にその全員が視界に入るような状況だったら、特定の誰かだけの存在を認識できなかったり、その人の姿を目にして「あ、いたんだ」なんて思ったりするはずがない。ありえない。そう思っていたんです。

しかし、とあるコンビニでアルバイトを始めてから、それがどういうことなのかを身をもって知ることになりました。

数年前、私が働きだしたコンビニには、Aさんという男性の先輩アルバイトさんがいました。
Aさんは人当たりもよく、穏やかでのほほんとした性格の持ち主でした。
しかしこのAさんが、驚くほど存在感の薄い人だったんです。

私はアルバイトを始めてすぐに「A君は忍者なみに存在感薄いんだよ」と、ほかの先輩アルバイトさんのほとんどから聞かされました。
先輩方から聞いたエピソードの数々は、はっきり言って冗談のようにしか聞こえないものばかりでした。
たとえば、「商品を探しているお客さんが、すぐ隣りで品出ししているAさんに気付かずにレジまで商品の場所を聞きにきた」なんてものや、「確実に視界にAさんの姿が入っているであろう位置にいた店長が「あれ、A君どこいったー?」なんて声を出して呼んでいた」なんてもの、さらには「レジに誰も立っていないように見えて慌てて駆け込んだら、誰もいなかったはずの場所にAさんがフツーに立っていた」、などなど。

はじめは先輩方がこぞって新人である自分をからかおうとして冗談を言っているのかと思っていたんですが、私自身が上の3つのエピソードを全て体験してしまってからは、もう信じるしかなくなってしまいました。ほんとうに忍者なみに気配を消すのがうまい人だったんです。

存在感が薄い、なんていうのは悪口のように聞こえてしまうかもしれませんが、むしろAさんは自分の特性を楽しんでいました。Aさん曰く、「自分がいたことに気付いてびっくりした相手の顔を見るのがおもしろい」んだそうです。

バイトをやめて数年。Aさんはいまでも元気にしているでしょうか……。